2006年11月20日
村のなかの雅び

開演15分前の18:45に会場へ到着したが、既にほぼ満席で真ん中くらいの席を見つけて座った。あいにく演者の足運びは、前の人達の頭に隠れて観ることができなかった。また、司会進行と解説を務められた沖縄県立芸術大学の板谷徹教授から「途中に休憩を入れたらお客さんが帰ってしまうと恩納村教育委員会の人に言われました」とあり、休憩を挟まずぶっ通しで3時間以上公演が続いたが、途中で志田真木さんの踊りが挟まれたので、その時間を利用して用足しと一服のため席を立った。志田さんは村踊りの出番が終わった後で再登場される予定だったが、帰りの駐車場渋滞を恐れてその踊りを観ずに席を立った。村踊りを観る機会は滅多にないが、志田さんの踊りならその機会はいくらでもあるだろう。
演目は以下の通り。
1.長者の大主(瀬良垣)
2.上り口説(南恩納)
3.女踊(瀬良垣)
4.揚作田(名嘉真)
5.花風干瀬節(恩納)
6.恩納節(山田)
7.なからた節(山田)
8.鳩間節(仲泊)
9.仲里節(安富祖)
10.花風(名嘉真)
11.むんじゅる(仲泊)
12.笠口説(恩納)
13.長恩納節(南恩納)
14.下り口説(瀬良垣)
15.白瀬節(名嘉真)
16.高平良万才(山田)
17.松竹梅(恩納)
白眉は15の白瀬節だった。初めて観る踊りだし、私は地謡の歌をほとんど理解できないという情けないウチナーンチュなので、内容はよくわからなかったが、化粧を落とせば高校生か下手すれば中学生くらいの女の子の登場から最後まで、その妖艶さに圧倒された。彼女は決して媚びを売っているわけでも科を作っているわけでもなく、ただ淡々と舞っているだけなのに、何故こうも観る者を釘づけにするのだろうか。
白瀬節だけでなく、他の踊りも技量的にはいわゆる○○舞踊研究所を主宰またはそこに所属するプロやセミプロに遠く及ばない部分が多く見受けられた。だが、どの踊りにも独特の凄みというべきか気合いというべきか、うまい表現が見つからないのだけど、とにかく観る者を惹きつけて離さない何かがある。会場内は子供が走り回る、地元の演者に客席から掛け声が飛ぶといった具合に村祭りの延長といった雰囲気で、それがまた演者に余計な緊張を強いることなく「神への奉納」という芸能本来の姿を具現することに寄与していたことは間違いない。
人は何故、歌うのか。そして何故、踊るのか。「村のなかの雅び」を観て、この問いに対する答えを目の前に優しく差し出されたような気がした。
Posted by 百紫苑(hakushon) at 19:33│Comments(0)
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